大好きなばあちゃんが旅立って、1年が経ちました。

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2017年9月11日。

大好きだったばあちゃんが、97歳で旅立ちました。

あれからもう1年か…早いな。

 

日々、思っていることを忘れていっちゃう性格なので、今の気持ちを忘れないように記録として綴っておこうと思います。

 

私は、ばあちゃんのことが大好きだった。

じいちゃんとばあちゃんは、小さい頃から私にとってすごく身近な存在でした。

なぜなら、実家の隣にじいちゃんとばあちゃんが住んでいたから。

(左がばーちゃん家、右が実家)

 

「じいちゃん」「ばあちゃん」って言われて思い浮かぶのは、隣に住んでいた母方の祖父母。

これは、私だけじゃなくて姉と弟も同じことを思うんじゃないかな…。

 

父方の祖父母は実家から30分くらい離れている地域に住んでいて、会うのもお盆とお正月の年に2回。

父方の祖父母のことは、「八幡じいちゃん」「八幡ばあちゃん」と呼んでいて、なんだかちょっとだけ距離がある存在。

 

母方のじいちゃんは、ガンで小学生の時に亡くなりました。

じいちゃんのことも大好きだった。

じいちゃんが亡くなってからも、ばあちゃんは本当に健康で、実家の隣で1人暮らしを続け、天気がいい日は畑で草取りをし、季節のお花を畑に植えて、自分でご飯を作って、夜はひとりで晩酌して…

いつも子供たち・孫たちを大切にしてくれるばあちゃんだった。

 

私は、そんなばあちゃんがずっと大好きでした。

 

ばあちゃんは、人としてすごく尊敬できる人だった

ばあちゃんは、優しくて、料理がうまくて、周りの人を大切にしていて、じいちゃんのことが大好きで、私のことも大切にしてくれてて…

ばあちゃんは、やさしいだけのばあちゃんではなくて、1人の女性として本当に尊敬できる人でした。

 

周りの人から果物もらったら、私が果物大好きだからって「なっちゃん、持って帰り」って帰りに持たせてくれたり。

 

1人暮らしの私に、別れ際「体に気を付けるんよ」って声かけてくれたり。いっつも「ばあちゃんもね!寒くなってきたから!!ね!」って言い返してたなぁ…。

 

私の誕生日を毎年覚えてくれてて、実家に帰った時に「お誕生日おめでとう」ってお小遣いくれたり。

 

ばーちゃんの作るお寿司が大好きだったんだよなぁ…。

 

自分の芯(ルール)がしっかりしてて、よくお母さんとケンカしてたらしい。(孫の私たちには超絶甘い)

私がガンコなのは、今思えばおばあちゃん譲りかもしれない。

 

ばあちゃんは裁縫が得意だったから、小さい頃は姉ちゃんとおそろいの服を縫ってくれたり、浴衣も縫ってくれたなぁ…

 

小学生のとき、私が大切にしていたぬいぐるみ用の布団も縫ってくれた。

 

料理ができて、裁縫も得意で、周りの人に対する気遣いを忘れない。

花が好きで、ガマン強くて、芯があって、いつもニコニコしてて、家族を大切にする。

ばあちゃんは、そんな尊敬できる女性でした。

 

「私は、本当にいい家族に恵まれた」

ばあちゃんのお葬式には、親族だけじゃなくてご近所の方まで本当にたくさんの方に駆けつけていただき、たぶん100人くらい来てくれたのでは?と思うほど。

火葬場にも親族みんなで行って、大勢でばーちゃんを見送りました。

 

「孤独死」というキーワードをよく耳にする今、ばあちゃんはみんなに見送られて幸せ者だな…

でもそれは、ばあちゃんが今まで家族を大切にしてきたからだろうな…

 

なんて、火葬場でぼんやり考えてました。

 

その日の夜、お母さんとお姉ちゃんと3人で話してた時。

お母さんから、「ばあちゃんが、『私は、本当にいい家族に恵まれた』って、お坊さんに言ってたらしいよ」ってことを聞いた。

 

お坊さんは、私が小さいころからずっとばあちゃん家に来てくれている、なじみのあるお坊さん。

お葬式の日に、お坊さんから「ばあちゃん、皆さんのことこんな風に言ってたよ」って、母は初めて聞いたらしい。

 

それを聞いて、また泣いた。

 

じいちゃんとばあちゃんがいたからこそ、母方の親戚の絆はすごく強くて、とにかくにぎやか。

みんなが集まるとふざけあって、いつも笑い声が絶えない。

 

お通夜~お葬式の日も、時折笑い声が聞こえるほど。

私の明るさを作り上げたのは、母方の親戚のおかげだって言っても過言ではない。

 

こんなに笑い声に満ち溢れた家系を作ってくれたばあちゃんは、本当にすごい…ってずっと思ってたのに、一方でばあちゃんは「いい家族に恵まれた」って話してて…

ばあちゃんやっぱりすごすぎるよ、まだまだかなわないや。

 

後悔してること

私たち家族が隣に住んでいたので、ばあちゃんはどの孫よりも私たちのことをかわいがってくれていたはず。(そう勝手に思っている)

 

うちの実家は北九州の小倉南区という田舎なので、大勢いる従妹は99%結婚している。

ひとりも結婚していないのは、私たち兄弟だけ。

 

「なっちゃんは、まだ嫁に行かんのかね?」ってずっと言われ続けて、「あと3年待ってね!もうすぐだから!」なんてずっとごまかしてた。

 

旦那さん、ばあちゃんに紹介したかったな。

子供も産んで、ばあちゃんに抱っこしてほしかった。

 

この2つだけは、本当に後悔してること。

 

私も、ばあちゃんみたいに笑いの絶えない家族をつくりたい

2018年9月11日、ばあちゃんの1周忌。

ばあちゃんの骨をお墓に入れるって聞いて、私も実家に帰りました。

あぁ、これで大好きなじいちゃんといっしょにいれるんだなぁ…なんてのんきに思いながら、お墓の前でぼんやりお経を聞いていた。

 

今年の春に、ようやく結婚。

子供はおそらく、2年後くらいに我が家にやってくる予定。

 

子供や孫たちに、どんな家系を作ってあげられるんだろうか?

自分が死ぬとき、どれだけの人が見送りに来てくれるだろうか?

孫に「おばあちゃんって、本当に尊敬できる人だったよね」なんて思ってもらえるだろうか。

 

この答え合わせは、おそらく35年後くらいかな。

じいちゃんとばあちゃんが作った家系に負けないような、笑いが絶えないあたたかい家系を旦那さんと作っていく。

 

だから、ばあちゃん見ててねーーーーー!

ABOUTこの記事をかいた人

なっちゃん(ライター/ブロガー)

正社員時代、女ばかりの社内抗争に巻き込まれ、給料が手取り22万→18万に減らされた経験からフリーランスに転向。30歳からライター&ブロガーに。32歳で月収50万突破。学歴&資格なしでも、自分の力で稼げることを証明中。株式会社MeeeのCPO。お仕事依頼は「お問い合わせ」ページから。